中田久美が写真集の被写体に?若い頃はモデルだったの!?

「2018女子バレーボール世界選手権」が9月29日(土)に開幕します。

4年に一度のバレーボールの世界一決定戦になりますよね。

中田久美監督はジャカルタ・アジア大会で4位に終わった悔しさを晴らすべく、チーム一丸となって戦っていきたいとのこと。

2大会ぶりのメダル獲得を目指します。

そこで今回は中田久美監督にスポットをあて、中田久美監督が写真集の被写体に?若い頃はモデルだったの!?というテーマで書いてみました!

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中田久美が写真集の被写体に?

中田久美監督について少しご紹介しますね。

東京都練馬区出身で、名前の由来は誕生日。

1965年9月3日生まれだからだそうです。

日本の元バレーボール選手(全日本女子代表)、日本リーグ・プレミアリーグ(Vリーグ)時代を通じて女子最多4度の最高殊勲選手賞受賞者です。

2016年に日本バレーボール協会理事会にて満場一致で、バレーボール女子日本代表の監督に選出。

これは女子監督では生沼スミエさんに次いで2人目になります。

中田久美さんは、1992年バルセロナ五輪で敗れ一度は引退を宣言した後、1995年に現役復帰し、翌年1996年にはアシスタントコーチに就任。

この頃、熱血解説者やバラエティーなどで活躍もされていました。

過去のインタビューでは

「現役をやめてもう12年くらいたちますけれど、ずっと何も見つからなかったんですよ、自分の中でバレーボールと同じくらいパワーの出せるものって。」

と答えています。

その頃に確かに「写真集」出されています!

「N.93-中田久美写真集」が発売されたのが1998年ですので、何かを見つけようとされていた頃でしょうね。

しかし、事務所の女社長から

「バレーボールで生きてきたんだから、バレーボールをもっと磨いたほうがあなたらしい」

と言われ、バレーボールに一生かかわっていこうと決めたたそうです。

監督への道は、末期がんで闘病中だったお父様の「人生悔いはない」という言葉に突き動かされ、監督として金メダルを目指すことを決められたとか。

ちなみにこの写真集、アマゾンで3760円にて販売されていました。

この頃のスポーツ選手としては結構大胆な写真集ではないでしょうか。

 

中田久美の若い頃はモデルだった?

中田久美監督の「若い頃はモデルだったのか?」との話題ですが、モデル事務所に所属されていたことがあるようですよね。

その頃に5㎏痩せるように言われ、5日で5㎏おとした経験があるそうです。

何だか何をしてもやはり根性がある気がしてしまうエピソードですが・・。

先ほどの事務所の女社長に言われた言葉は、この頃のことのようですよね。

モデルは軽い気持ちでやってみようと思ったそうですが、何をしていくか迷っていた時期だったんでしょうね。

それでもモデルと言う選択肢があったのも、スタイルも良かったですし、美人だったからですよね。

中田久美監督はこの頃思ったそうです。

どこに行っても、何をやっても、バレーボールの中田久美と言うことがついてくるのなら、バレーボールを磨こう、と。

その結果、今の全日本女子の監督と言う立場があるのでしょうね。

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ネットの反応

全日本をよろしくお願いします。

期待してます。

「てめーら」何回出るでしょうかw

中田さん美人なのに結構怖いんだなw
久美さんはスケバンキャラでしたよ。

でも指導者に向いている人だ。

全日本をたたきなおしてほしい。

久美さんは実力もあり才能もあり素晴らしい選手だったなあ~

負けん気も強くて対戦チームを睨みつけたりしていましたね(笑)

中田久美。

歴代日本女子バレーで最高の選手。

彼女の右に出る物は今でもいませんし尊敬してます。

若い頃は可愛くて大好きでした。今は美しくて大好きです。

今でも最高のセッターだったな。

今は監督か。

2020金取りたい!

中田、スポーツ庁に 行ってくれ
中田久美さんの男前さに心底惚れました。

全日本女子バレーをよろしくお願いします。

今でもそうですけど!

中田久美監督スタイル抜群です

日本のスポーツ界で中田久美と小野伸二、この2人の膝の怪我は本当に惜しいことをした

バレーとサッカー競技は違ってもトスとパスの性質がなんと似ていること

イタリアプロリーグで2年間修業した後に、実業団バレー監督に就任し、4年間でリーグ3度の優勝を果たし、日本代表監督に就任された中田久美監督。

2020年に向けての前哨戦となる女子バレーボール世界選手権。

活躍が期待されますよね。