西野朗の戦術や経歴と評価は?息子がいるの?

電撃的にサッカー日本代表監督を解任されたハリル・ホジッチ監督の後任として日本代表監督の就任となる西野朗監督ですが、その実績は輝かしいものがあります。

まさに日本屈指の名将と言える人です。

その西野朗監督の戦術や経歴とその評価、また息子さんについてまとめました。

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西野朗監督の戦術は?

まずはサッカーの戦術面です。

Jリーグのファンであればやはりガンバ大阪で作り上げた攻撃的な戦術を思いだす人は多いのではないでしょうか。

ガンバ大阪では超攻撃的なスタイルを標榜し、点は取られたら取り返すという攻撃重視のサッカーで2005年にはチームをクラブ史上初のJ1リーグ制覇に導いています。

そのボールを保持して攻め倒す姿勢は今でもガンバ大阪のアイデンティティとして残っており、他のチームも追随を試みる完成度でした。

そのこだわりは徹底しており、2008年にアジア代表として出場したクラブワールドカップでは、当時のヨーロッパチャンピオンであるマンチェスター・ユナイデットと壮絶な打ち合いを演じて、敗れはしたものの世界を驚かせました。

しかし、その攻撃的な戦術となる前、U23日本代表を率いていた頃はもっと堅実な戦術を取っていました。

1996年に出場したアトランタオリンピックでブラジルを破ったマイアミの軌跡は、守備的な戦術で少ないチャンスをものにしたものです。

勝利したものの面白くないという批判も一部では受けたために、その反発心から超攻撃的スタイルが出来上がったと言われています。

その意味ではボールを保持した戦術を理想とする日本代表にとっては最適な監督と言えるでしょう。

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西野朗監督の経歴

西野監督の経歴も輝かしいものがあります。

まずは先述の通り、1996年のアトランタオリンピックではグループリーグで敗退したもののブラジルを破る大金星を挙げるなど2勝しています。

このオリンピック出場自体も28年ぶりの快挙でした。

さらにJリーグでも歴代1位となる270勝を挙げています。

2005年のリーグ戦初制覇を皮切りに、ガンバ大阪はカップ戦、天皇杯と西野監督の元でタイトル常連となりました。

2008年にはアジアチャンピオンズリーグでも優勝しており、アジア最強のチームを作り上げました。

ガンバ大阪の監督を退任した後はヴィッセル神戸と名古屋グランパスでも指導しましたが、こちらは志半ばで監督職を追われています。

選手としては早稲田大学在学中に日本代表に選ばれるなど若くして天才肌MFとして活躍しました。

西野朗監督の評価は?

そんな実績十分な西野朗監督ですが、評価は別れるところです。

もちろん国際大会で結果を出し、Jリーグで最も勝った監督なので高く評価する声は多いです。

その一方でその功績は古いもので最後に指導した名古屋グランパスでは大型補強しながらも結果が残せなかったという声もあります。

現場からも2年以上離れており、日々進歩するサッカー界でブランク状態から日本代表を率いるのは不安だという評価もあります。

戦術のこだわりが強いだけに即結果を求められる今回のような状況では時間が足りないという意見も多いところです。

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西野朗監督の息子さんは?

気になる西野朗監督のプライベートですが、お子さんは二人いらっしゃるようです。

完全非公開となっていますが息子さんもいらっしゃるようで、お名前は卓朗さんです。

おそらく20代後半から30代ではないかと思われますが、サッカー界でその名は聞きませんので西野朗監督とは別の道を進まれているのではないでしょうか。

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西野朗の戦術や経歴と評価は?息子がいるの?まとめ

西野朗監督の戦術は攻撃的んスタイルで、その評価については分かれるところですが、Jリーグで270勝という歴代1位の記録を残しており、今回の日本代表の監督就任についても前向きに考えていきたいですね!

いずれにしても、日本代表がワールドカップで良い成績を残してくれることを期待しましょう!!